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良寛ゆかりの倉敷玉島円通寺から

散歩 & お出かけ記事
04 /13 2015
良寛は宝暦八(1758)年、
越後国(新潟県)三島郡出雲崎で 代々名主兼神職を務める
橘屋山本家の長男として生まれた。

幼名を栄蔵といい、性格は温和であったが社交性に欠け、
昼行灯(ひるあんどん)とあだ名されるほどだった。

しかし幼時から読書を好み、
大森子陽の塾に入り和漢の学を修めている。

18歳のころ、名主見習いとなった良寛は、
そのわずか数カ月後に突然、
曹洞宗光照寺に駆け込み、出家する。

理由は定かではない。

この光照寺で良寛は、越後へ巡錫(じゅんしゃく)にきて、

しばらく同寺に滞留していた国仙和尚と出会う。

そしてその徳を慕って弟子となり、
故郷を離れ、玉島へと向かったのである。

 玉島の円通寺に移った良寛は、厳しい修行に耐え、

寛政二(1790)年三十三歳で 師から印可の偈(げ゙)を与えられる。

しかし翌年、国仙和尚の死を契機としてか、諸国行脚の旅に出る。

その後、寛政八(1796)年頃故郷に帰り、
天保二(1831)年に74歳の生涯をとじる

☝ネットからの良寛紹介文です

 その良寛修行お寺円通寺で4月12日日曜日 お茶会が催されました
旦那さんが出かけて 撮影してきた 写真です

法要終えて 本堂前

お茶会

 お茶会が 9時過ぎから なので・・・・
本堂

 そして 山頂から 眺める
玉島港 水島灘 風景です
サクラは終盤でした

山頂からの風景

  
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峠 美千子

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ひろ~い?世間の片隅の 
 小さな山里住民です。
 
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 愛おしく 大切に 
 歩いています

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 落っこちたら あの世
 
 きわどい吊り橋
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 でも 昨日があって 今日がある 
 この 今に ありがたや~

 明日は・・・・???

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