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備中松山城

日記
05 /08 2013
武家屋敷建つ家並み美しい   
石火矢町(いしびやちょう)ふるさと村 を 後に

カープ応援


鯉のぼり眺め

おお 棚田に水が と 撮影し

電線がどうしても入るので
登城途中 上から撮影

幾多の もののふ達 の
悲哀のドラマしみこんだ
きつそうな お城への道 歩きました
 


標高430mの臥牛山頂上付近に建つ天守は、
国の重要文化財で、
現存天守を持つ山城としては最も高い所にあります。
鎌倉時代、有漢郷(現高梁市有漢町)の地頭秋庭重信が
大松山に城を築いたのを起源とし、
1683(天和三)年に水谷勝宗によって3年がかりで修築され、
今の天守の姿になりました。
 この地は山陰と山陽を結び、
東西の主要街道も交差する要地であるため、
戦国時代は激しい争奪戦が絶えず、
目まぐるしく城主交代が繰り返されています

 
            ☝ コンデジで案内板 撮ってみたら 歪む~(笑)
 
 

 登城坂の周囲は、高さ10m以上の巨大で切り立った岩壁がそびえ、
昔日のつわものたちが舌を巻いた”難攻不落の名城”の面影を
うかがい知ることができます。
白い漆喰塗りの壁と黒い腰板のコントラスト、
空の青に映える美しい天守。
秋には大手門付近の木々が紅葉し、
岩壁が燃えるような朱色に覆われる景色は圧巻です。
    ☝高梁市 ホームページ より 引用文です
 
 

 

現在の天守は、江戸時代の水谷氏によるもの
 

 また、高梁市は城郭などの復元のため、
平成7年から大規模な工事を行い、本丸の東門や南門、
二つの平櫓などを昔通りに再建
 

 

 
 
備中松山城天守は 国重要文化財です

 
 

 
同じく 国重要文化財土塀 ☟
 

 

私は 50年前 専属さんは40年前 訪れた松山城
記憶がお互いおぼろで
こんなとこ歩いたかなぁ・・・・

 
 

 
 
 
と言いつつ ああ この石垣は しっかりと~ でした
見事な 石垣群です ☟
 

 
 

 
 
昔の人は すごいよなぁ って また 感心したんですよ
時折 お前たち 何奴 



って 言われてるような
強い風の吹く標高430メートル 山頂には 
与謝野鉄幹歌碑 がありました

松山の渓を埋むる あさ霧に
わが立つ城の   四方しろくなる
                 与謝野 寛
 
 登城途中眺めた 高梁の町 ☟
 

 
 


 素敵なラインは うしちこ母さん作です


 写真は 専属&峠 撮影
 なが~く ひっぱって 済みませんでした
 お付き合い ありがとうございました (^-^)
 
 


  独り言
  菊次郎さん 行かれた時と 同じですかぁ
  私は 初めて のような 錯覚の中で
  歩いたんですよ 本丸迄への道。
    でも さわやかな5月の風の中の散歩
  楽しかったです。
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高梁市 頼久寺とその周辺ぶら

瀬戸内三十三観音
05 /08 2013
人生とは 予期せぬ出来事にめぐりあう~
 
5日の22時前かなぁ
 
おい ぼっけぇことが おきるもんじゃ
 
と 婿殿が やってきた。
 
なんでも 入浴後 ふらっとして あっ と伸ばした手(爪)
が名誉の負傷


 
血がぽたぽた
 
爪がうげとるかもしれん
と騒ぐ
 
爪は 生えてくる
 
と つくす妻 手粗い治療してあげた


 
翌日6日 なかなか仕事から帰宅しないと思っていたら 病院に行っていた
 
だから 日 さっと出よう といっていた高梁方面
倉敷出発は11時近くなった 


前日縫ったので 消毒があったのだ。

                                      うしちこ母さん作です ☝☟
 
旦那さん治療待ってる間 ちょこっと撮影

阿知神社のアケボノフジ
アケボノフジでは日本一の巨樹だそうです
綺麗な色なんですが でていませ~ん はは


(と笑って誤魔化す)
 

 
さぁ 瀬戸内三十三観音 13番札所 頼久寺目指して 
高梁川走ります



 

☝ 専属 ☟ 峠 井原線撮影 (^u^)
列車通るとよかったんですけどねぇ。

 
比べると ☝ D50 D7000 映りの差が しっかり出ますねぇ
おめぇ ええの買えばぁ な~んて 能天気に言いますが
宝くじでも当たらないと
お金がもったいなくって 買えませんです


 
走る車から コンデジで!!☟
 
 
 

  ☝ こりゃぁ 古い 水門どぉ だって。
  ☟ 緑が 心に優しかったぁ (^u^)

着いた 頼久寺は この☟説明書き 読んでくださいねぇ
 


☟ 振り返って の 眺め 空も青かった (^u^)

 
小堀遠州作 庭園 ☟
 

 
 

すぐ近くを 伯備線が 走ってるんですよねぇ ☟
 

 

 
頼久寺通り って 書かれていました 周辺歩いたの ちょこっと

 

 

 
 

落ち着いた いい街です
 

 
出発時間が遅かったので さぁ 頑張って
日本一高い山城 松山城 目指したんですよ
 

 
松山城記事へ~
 

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峠 美千子

ご訪問 ありがとうございます

昭和という時代に 
姿美千子と言う
美しい女優さんが居ました
 美しくない私の憧れでした

  👆が ブログネームの源

 あれから いくつもの峠を越え
 しぶきも浴び
 老婆になった 
 峠美千子のきまま日記

  きまぐれ更新ですが
 仲良く 繋がっていただけたら
 嬉しいです