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五香宮(瀬戸内三十三観音)

瀬戸内三十三観音
04 /28 2013
私たちは ゆっくり 瀬戸内三十三観音所めぐり 
してるんですよねぇ
先日 三石 備前 牛窓 の お寺 歩きました
 
牛窓 通称  東寺6番霊場観音寺 がわからなくってね
海岸から 石段 登ると
あれ~ ここ? な 神社
旦那さんは 違うがぁ 荒れ放題じゃ こげぇなとこじゃぁねぇ
で 石段降りたんですが
私は 海岸で 潜水服きられてる方に尋ねたら
神社向こうに なんか お寺 あるでぇ
って 教えていただいたんです
 
神社 向こうに お寺さんは あったんですよ
 


 帰宅して 高台に鎮座する 古い神社
     五香宮(ゴコウグウ)
 
 

 
気になって調べてみたんです

主祭神を住吉三神とすることから、
海上安全をご神徳とする。
備前国風土記によれば、神功皇后西国御遠征の折、
牛窓沖にて牛鬼の難に逢われ、
危うき処を住吉大明神に救われた事がうかがわれる,
とあり、ここに五香宮の鎮座の根本がみられる。
中門、拝殿、本殿ともに神明造りで周囲は高い塀にかこまれている。
社務所はなく無人であるが、社務所は牛窓神社が兼ねる
 ☝ネットより の説明です
 
 牛窓神社 の 兼務社 なのかぁ 納得でした
 
 これは 牛窓神社 展望台 からの 眺め
 

 

 
そして これは 牛窓神社下 海水浴場からの眺め
 


 菜園が 忙しくなりまして  一生懸命
 短い時間の 鍬作業
 
 猫の手 貸してあげようかぁ
 
 って 言われたけれど
 邪魔になるニャァ
 
 って 言ったら にゃんとも 言わなかったよ 

 


 早生の玉ねぎ 抜いたんですよ
お隣さんや 近所に住む義弟にあげたの
あっ もちろん お嫁さんにもね
 
娘にはまだ忙しくって持って行ってないんですが
まだ余裕あるので 皆さん どうぞ~(^O^)/


エンドウは 菜園からね (^^♪

瀬戸内三十三観音所めぐり

瀬戸内三十三観音
04 /15 2013
さて 今日は 15日 年金支給日



を すっかり忘れて
旦那さんを 中央病院・眼科定期健診に 送り届けて
9時前 中銀 すいてるじゃろ と 
固定資産税 がっぽり


支払いに寄ったら
ががが~~~ん 駐車場満車 


 

 
☝ 頭 真っ白に。
 
まだ シャッターしまってるのになぁ 駐車場真ん中で空き待ち
やれきょうとやなぁ でした。
 
そして 今朝 旦那さん送る前の数十分 訪問したうしちこ母さんちで
GIF素材 保存できな~い で  頭 まっしろ に なっていたのだ
 

 
そして 菜園で土耕し 肥 振りながらも 気分は晴れず・・・・
夜も訪問しつつ 暗雲たちこめ~
 
が へへ うしちこ母さんのご指示仰いで できたのよ
ファイルのごみ大掃除 (^u^)
 

ルンルン 気分で 遅くなったけれど 12日お参りしたお寺紹介です
 
ここは 2番札所 遍照院 ☟

☝ 国重要文化財 三重塔 です
 
次に 3番札所宝嶋寺に。☟
ここには那須の与一の矢を所蔵してるそうですが          
見れていません                              
倉敷市指定重要文化財 仁王門の中 専属さん盗撮?☟

ここは 翌日13日が春祭り。準備に忙しそうでした。
 
そして 車検待ち時間も少しあるでぇ で
18番札所 本性院に。☟  

天然記念物 雨傘松 です 以前紹介しましたよね ここ。☝
 
どのお寺さんも 応対してくださったご住職さんの穏やかなお顔





仏に仕えるお方は お声も お顔も 穏やかでした
 
午後から 一生懸命菜園して 明日はここを と 帰宅したら
旦那さんが 娘から電話があって 娘婿さんのおばあさんが亡くなって
明日葬式ですって。
 
父と同じ年で 娘の結婚式 孫のお祝い事でお会いしても
明るくって 優しかったお方。生ききられた人生 お疲れ様でした


  

                          

雨傘の松

瀬戸内三十三観音
04 /13 2013
昨日 車検待ち時間利用して
本性院・雨傘松 を 観てきました

倉敷市天然記念物で樹齢推定300年

姿が雨笠をひろげた形に見えるそうです。
見えますかぁ 


DSC_5903.jpg

赤穂の殿さま 義士のお寺 花岳寺

瀬戸内三十三観音
02 /06 2013
精神修養のお寺 普門寺で 大体の場所聞いて
おお ここじゃ と 
乗りつけた
名前も異なるお寺


違おう ここ 名前見てみねぇ


 
さて ここから 赤穂迷走 またじゃ


 
なんでも 海に出にゃあいけん
で まぁ まぁ 見当はずれ 迷走
 
私 義士の弔い寺だから 赤穂城近く って
思ったんだけれど・・・・
方向音痴 だから 沈黙
 
なんどか 
おかしいなぁ
おっ わかった
違ったかぁ
の末 人に尋ねて やっと 到着

花岳寺(かがくじ)は、
 

正保2年(1645)
浅野長直公が常陸笠間(5万3千5百石)から
赤穂へ所替えになった時、
浅野家の菩提寺として建てられました。
徳川三大将軍家光公のころでした。
開山は、秀巌龍田(しゅがんりゅうでん)大和尚です。
薩摩の人で寛文3年(1663)に81歳で亡くなられた方でしたが、
江州大津の青龍寺5世中興の大徳であられました。
(ネット説明より)
 
東京の泉岳寺と赤穂の花岳寺について
 
どちらも「岳」の字がつき
何か関係があるのかなぁ って 思いましたが
 
寺については別に関係はありません。
ただ泉岳寺と花岳寺はとても深い縁があります。
それは曹洞宗であることと、
浅野家の菩提寺であるということです。
江戸づめのための菩提寺が泉岳寺、
国元・播州赤穂の菩提寺が花岳寺
 
だそうです

山門 車で くぐるんですよ~びっくり。



山門 ☟

 

この門はもともとは赤穂城の門でした。
塩屋惣門と言われていたこの門は、
明治6年に取り壊されることになっていました。
当時の花岳寺の住職であった仙珪和尚が
「昔のものをわざわざ壊すのはもったいない。」と判断し、金6両で買ったのがこの門です。
現在は赤穂市指定文化財となっています。
 

☝山門向こうに見えるのは
大石なごりの松 二代目です
一代目は ☟

 
本堂

これは 鳴らずの鐘


 前文に
大鐘は浅野長友公法号景永院殿久岳院殿のために鋳かくる所なり
然りといえども故あり
音韻を失すること50年なり
予これを惜しむこと数歳
云々とあります。
 
当時の赤穂藩民衆が、義士の死を悲しみ花岳寺に集まり、
この鐘をつきにつき、つきすぎたために鳴らなくなった。
そして「鳴らずの鐘」といわれるようになったと伝わっています。
 
寛政9年に改鋳され、先の戦中に供出されることなく今に至っています。
                                  とのことです

義士墓所・義士宝物館・義士木像堂は、
拝観料 400円払って入りましたが
義士宝物館・義士木像堂 撮影禁止~

義士墓所

義士墓所 ☟
主従の墓 並んで。
 

☝主君の墓            ☝ 大石内蔵助の墓
 
そして 境内に 匂っていた蝋梅の花(専属さん撮影)☟

 

 

  感謝です 


 
  7日夕方 お姑さんがショートから帰ります
  また 訪問 更新 きまぐれに 成ります
 
  ここ数記事 おつきあいくださり 有難うございました
  とっても 心元気 いただきました 笑顔~(^-^)

赤穂 普門寺

瀬戸内三十三観音
02 /06 2013
心の修行足りない夫婦 摩擦も亀裂も大きい
 で これから ゆっくり 

 瀬戸内三十三観音霊場巡り
 することに。

     DSCN3174 - コピー

 第一番 不洗観音寺 は 倉敷なので終え

 次は 遠い 赤穂 8番普門寺 7番花岳寺に。

 
    普門寺 ☟
    
     DSCN3162 - コピー

 お札も納め 刻印もいただき 国指定重要文化財彫刻 木造千手観音坐像  一人300円納めて 拝せていただきました ☟

 普門殿に祀られています

 DSCN3160 - コピー
 


 コンデジ写真より 旦那さんの写真で。


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☝ 一本造りだそうです

 DSC_1922 -



  左右四十二本の千手


  足は 左足 内下

  右足 外上に組む

  いわゆる 吉祥坐像 の 形式




    一歩外に出れば 観音様
    DSC_1924 - コピー


静かに 手を合わせて きたんだけれど

なぜか 車に戻れば 険悪

だってね また 次なる場所に 

なかなか たどり着けなかったんですよ

二人の精神修行は 続く~

    やまがら エンド動く

                                                      

峠 美千子

峠美千子ブログへようこそ!

ひろ~い?世間の片隅の 
 小さな山里住民です。
 
 残り少なくなった日常を
 愛おしく 大切に 
 歩いています

 残った 残ったで 今 現世に。
 落っこちたら あの世
 
 きわどい吊り橋
 揺れ揺れ~なんですよ~

 でも 昨日があって 今日がある 
 この 今に ありがたや~

 明日は・・・・???

 不定期更新ですが

仲良くしていただけたら 嬉しいです