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婆ちゃんの戦争話

婆ちゃまのひぐらし語り
08 /06 2015
2015年8月の話です。
おばあちゃんのお母さんは八月十七日で満八十八歳になります
そのおばあちゃんが 
今の日本見てるときょうてぇ と言います。
 私らは 介護班。 田んぼにいてもサイレンが鳴ったら
誰か怪我人がおると救護鞄かけて役場に集合しとったんよ。
岡山空襲 水島空襲 昨日のことのように 思える。
水島空襲の時は 離れとる小田まで破片が飛んできたんで。
怖かった。
あんたのいっとる水島は空襲受けたとこから近いから
大きな物が飛んで来とるじゃろうなぁ・・・

 二十世紀前半は大きな戦争が二つもあってね。
暗い時代だったのよ。歴史で習った?
なおちゃんやほのちゃんさゆちゃんの愛する人たちが
戦場に行くことのないように 
たくちゃんが大切な命を意思に関係なく翻弄されないように 
世論として 今の大人たちのふんばりどころじゃね。

大きいばあちゃんは 
もうすぐいなくなるけれど 心配でいけん 
と 呟いていたよ。
 ガラスのうさぎ は なおちゃんが持ってるね。
おばあちゃんの本棚にも数冊戦争の本があるから
好きな本手にして読んで考えて。


☝以外にも 読みやすい大きな字の本が数冊あったけれど 
 どこかにしまい込んだのかなぁ 何せ婆ちゃん目下処分整理中

 おばあちゃんが小学生だった頃 傷痍軍人が縁日には必ず。
そして 終戦記念日には多くの方が忠魂碑にお参り。
そこで式典もありました。
今 忠魂碑 とても大切に扱われてるとはいいがたいよね。
おばあちゃんがお嫁に来た時は
海軍の偉い兵隊さんだった大きい爺ちゃんは 
一人でも鎌もって忠魂碑の掃除に行ってました。
が それもいつしか・・・になってねぇ。

 おばあちゃんが三十代のころお世話になった本屋さんで
初めて出会ったおばさんの話。

 私ら女学校で勉強せず 竹槍の練習。
敵兵がせめて来たらその竹槍で突くんじゃって。
今から考えたら 阿呆みたいじゃ。
そんなもん何の役にも立たんけれど 
そのころは信じとったんよなぁ。
広島で原爆にもあったんよ
もう地獄。一生懸命逃げたわなぁ。
逃げとったら たすけてと手が伸びるんよ。
心でごめんと言いながら逃げた・・・
今でもあのおばさんのことが・・・
助ける余裕なんてなかったもんなぁ・・・
小首が小刻みに震えるご婦人でしたよ。
きっと8月に本屋さんに来られてその話になったのかなぁ。
一回きりのお客様。
おばあちゃんは
今でも眼鏡かけて小柄なそのおばさんが出てくるの。
あなたたちに伝えてよと言うために出会ったのかなぁ・・・

 八月は平和について 考える月。

 過去ではないんよ。まだまだ終わってない思いの戦争 
大きくなってるよね これ読んでるあなた達。
しっかり しっかり 考えて。


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峠 美千子

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