FC2ブログ

良寛茶会2015年

イベント
04 /12 2015
良寛は宝暦八(1758)年、
越後国(新潟県)三島郡出雲崎で
代々名主兼神職を務める
橘屋山本家の長男として生まれた。
幼名を栄蔵といい、
性格は温和であったが社交性に欠け、
昼行灯(ひるあんどん)とあだ名されるほどだった。
しかし幼時から読書を好み、
大森子陽の塾に入り和漢の学を修めている。
18歳のころ、名主見習いとなった良寛は、
そのわずか数カ月後に突然、
曹洞宗光照寺に駆け込み、出家する。
理由は定かではない。
この光照寺で良寛は、
越後へ巡錫(じゅんしゃく)にきて、
しばらく同寺に滞留していた国仙和尚と出会う。
そしてその徳を慕って弟子となり、
故郷を離れ、玉島へと向かったのである。 
 玉島の円通寺に移った良寛は、
厳しい修行に耐え、
寛政二(1790)年三十三歳で
師から印可の偈(げ゙)を与えられる。
しかし翌年、国仙和尚の死を契機としてか、
諸国行脚の旅に出る。
その後、寛政八(1796)年頃故郷に帰り、
天保二(1831)年に74歳の生涯をとじる
 
☝ネットからの良寛紹介文です
 
 その良寛茶会
今日4月12日
玉島円通寺であったんですよ
 
 8時20分から法要
これに参加して 一緒に般若心経唱えたい
と 専属さんは 
なぜか カメラも持って 7時過ぎ出かけました
 
 私は 庭も菜園も草抜きしなくっちゃ 
 で
 行きません。
 
 円通寺は曹洞宗
 我が家は真言宗
 お経拝めたのかなぁ?
 般若心経だけ唱えたのかぁ
 
 
 私が行ってないので
 カード渡されても 紹介しようがなく・・・
 
 とりあえず 写真だけ 掲載しますね
 
 本堂正面 ☟
 
 

本堂に上がって
 

 
法要風景・・・・


 

 

 

 
倉敷市長 挨拶

 

 
良寛さんが修行なさったお堂は
良寛堂として 今もそのまんま
現存です
 

 

 

 
 
普段は境内ぐるりで 
中には入れないんですよ
(なにか 催し物ないと)
 
で まぁ 珍しいかなぁ で
記事にしてみました
 
 撮影禁止って言われなんだから
ええじゃろう
って言ってましたが
まぁ 此方 限定記事で。
 
残りの桜写真などは
また で出しますね
 
☟ 9時からお茶会
 
 
 

関連記事
スポンサーサイト



コメント

非公開コメント

峠 美千子

FC2ブログへようこそ!

老いてゆく自分見つめの日常
見守り 見送る私から
見守られ 見送られる私に
ゆっくり ゆっくり 進行中

認知予防に 
独り言ぶつぶつ呟いてま~す
お耳傾けて 聞いてくださいね (^^♪

中国ランキング楽しんでいます
☟クリック応援してくださったら
 嬉しいです