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吉備真備 ~矢掛・最終編~

吉備路
01 /08 2016
小田川沿いの新緑に癒されながら ゆっくりと矢掛につきました
おっ ここじゃ
本当にどこが真備(マビ)でどこが矢掛(やかげ)か境界不明

着いたところは吉備大臣宮
小さな神社です ☟







受験シーズンには 多くのお参りがあるとか。

これは 私感なんですけどね
学者から右大臣に出世して ねたまれて 左遷
よく似た運命辿る 吉備真備と菅原道真
でも 学問の神さまって道真公でしょう?
これはおかしい
道真公は大宰府に流されて命絶えたけれど
吉備真備は頭脳でまた中央に帰り咲いたじゃないですか
昨夜(5月19日)のテレビでも藤原仲麻呂の乱で
唐で学んだ兵法で勝利してたじゃないですか
ねぇ だから 矢掛のこの吉備大臣宮にお願い事したほうが
学力アップするのではないかしら?

と 思いつつ 少々おつむの弱い孫たちに
学力向上願って 二礼二拍手一礼 してきましたよ

この吉備大臣宮の隣が吉備真備公園☟


吉備大臣宮 裏手は 小高い丘



 前方後円墳?に似せた この丘の周囲の石には
 彫り物がしてありました。その一つ☟


大きく深呼吸。 森林浴満喫できる丘の側には☟



囲発祥の地の碑がありました。


囲碁発祥乃地記念碑について
奈良時代の偉人正二位右大臣吉備真備公は
二度にわたって万里の波濤を越え遣唐使として
唐の都長安に渡航し 国威の発揚に尽力され
天平七年(735年)帰国に際しては 当時最高と言われた
唐の最新の文化を数多くもって帰り日本の政治文化軍制の発達に
大きな功績をあげました
平安時代後期に書かれた 江談抄 には 吉備公が
在唐中唐の囲碁名人と対局し 知恵をもって勝った説話があり
これが日本の著作に現れる囲碁に関する最初の説話であるところ
から 吉備真備公が日本における囲碁の開祖として 伝えられ
その後の各種辞典 また 著作に現れております。
 その後に 吉備真備公は日本における囲碁の開祖であり
その居館跡を囲碁発祥の地として 吉備真備公の遺徳を顕彰する
ために ここに記念碑を建立したものである。
 と記されていました

 日本歴史公園百選・吉備真備公園 ☟


     吉備真備公 銅像 ☟



遠くを見つめながら
この国 おえりゃぁせんのう って 言ってるような☝銅像

囲碁磐模した机


このそばにあった日時計は撮らず(/_;)

公園横にある 産湯の井戸
真備公は一人 産湯の井戸は二つ 

ここに歴史の

吉備大臣産湯の井戸
 吉備大臣ご生誕の前夜 東の空から 明るい光の尾をひいて
 ひとつの星が流れ お館の西の井戸に落ちました
 そして 次の夜 輝くばかりの玉のような男の子が誕生し
 お館は歓びにわき この井戸を 星の井戸 と呼び
 この水で産湯を使われましたので それから この井戸が
 吉備大臣産湯の井戸 と言い伝えられています
    と ☝ 記載されています


産湯の井戸☟


  これで 吉備真備を訪ねて は おしまいです
皆さま 本当に お付き合い ありがとうございました


これは2010年5月20日更新記事です

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峠 美千子

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