FC2ブログ

牛神信仰

小箱
06 /12 2013
 嫁いできたとき 義父は 12月 自分の誕生日
 と
5月 戦地からこの山里に帰った日 
 と
もうひとつ 牛神様の日
お赤飯を炊いておくれ と 言ってました
 
今朝 小さな山里の中心位置に小高い丘があって
そこに祀られている 牛神様 に 幟が立てられました
 

 
 義父は 子だくさんの長男で 
 学校中 いいえ 地域中 知れ渡る賢さだったそうです
 息子である 主人 みてると 疑問なんですが・・・(笑)
あまり賢くない男にもっとあほな嫁がつき
 孫の世代は・・・我が子です・・・ もう ハチャメチャな あんごう
 次世代に我ら夫婦は期待しつつ~もう諦めも
 義父の両親は 夢抱いて 満洲国に。
 結果は悲惨でした。誰一人 生きて帰らず お骨さえありません。
 義父は 東京の経理学校出て 海軍。実家の父は背が低くって
 男なら誰でもいい戦争末期に兵隊さんになって それは辛い
 軍隊生活だったそうですが、義父は体格も良く 海軍の上層部で
 部下をとても可愛がったそうです。物にも食にも不自由なかったとか。
 でも 敵の攻撃で 軍艦は沈没 味方の助けをまって 一晩海で
 立ち泳ぎ。ひとり ひとり 戦友が消えてゆくのを見ていたそうです
 心中いかばかりか・・・聞いた私の心は重かったです。
 
 誰一人頼る人もなく この山里の株内(親戚)頼って帰った時は
 丁度 里のみんなは 苗代準備の頃だったようです。

 
 義父は とても信仰深い方でした
 結婚後 数年 一人 お赤飯をもって 牛神様のそばで
 食して 帰宅していた姿が 思い出されました。
(農耕に牛が活躍していたころは 村人みんな ここに集っていたそうですが)
 
 あれが 何日と決まっていたのかな?
 今日は 旧暦5月4日。
 いやいや 一通り 田植えも終わった時期
 

 
 大切な労力 牛様に 感謝 しての 行事だったのかな
 若い私は 淡々と日をこなすだけの時期 今となっては
 何にも聞いていなかったこと 後悔です。
 
 私は わが家からすぐそばなんですが 登ったことないんですよ
 
 なぁ 牛神様って 牛の形しとん?
 って聞いたら
 おお 角の形かなぁ 
 だって。
 午前中 雨が降らないから 水やりして
 今さっき この事務所窓から 撮ってみました
 牛の角に見えるかな (^◇^)

 
関連記事
スポンサーサイト



峠 美千子

FC2ブログへようこそ!

老いてゆく自分見つめの日常

認知予防に 
独り言ぶつぶつ呟いてま~す
お耳傾けて 聞いてくださいね (^^♪

 ヤフーブログから移行記事
絵文字が無茶でごじゃるが 寛大なる心で読んでくださいね

中国ランキング楽しんでいます
☟クリック応援してくださったら
 嬉しいです