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思い立ったが吉日

瀬戸内三十三観音
02 /06 2019
昨日は こちら 上天気
たくさんの洗濯物 干して ゴミ焼いて ごそごそ・・・
していたら 11時 お昼ごはん準備も鍋でグツグツタイムに
にこやかに帰宅~の旦那さん
 第一声
 おめぇ けぇから どっか参ろう!!

 へっ (@_@;)

 なんでも お医者さんで検査の数値が ぼっこうよかったそう
 で 気分良くなって 
 もう数年間中断している 瀬戸内三十三観音所廻り 
 残ってるお寺さん何処か参ろう
                   とのこと。
 そんなぁ と 一瞬 思ったものの
でも 思い立ったが吉日 お参り少しでもしないと・・・
私たちが逝ってしまったら・・・
 12時前 ガソリン満タン コンビニでパンとコーヒー買い込んで 出かけました。



 因島 2寺 向島1寺 なので まずは 因島から。


尾道迄 高速。高速降りて ナビ様頼りで 
以前 尾道から しまなみ海道通って大三島にいった道とは
違うなァ・・・
 不安なまま 走行。どうにか 因島到着。

 26番札所 對潮院


ポンプ井戸がありました(^^♪



 さて 位置的には近い 27番札所
此処がわからなくってねぇ
 案内看板みっけ で ☛方向に 走れば
まぁ 細く 急な道 行ったり来たり でも ない!!
ナビセットすれば
 到着しました は・・・・へっ (@_@;)



 車から降りて 出会ったご婦人に聞けば
すぐそこ って 上の方指さされるので てくてく


 でんのう・・・みえんのう・・・てくてく



  こんな高いところまで来ちゃた


 聞こうにも人と出会わない
 郵便配達さんがいたので 聞こうと旦那さん立ち止まれば
 旦那さんの数メートル先 左折して 消えた "(-""-)"

  へどへど いっていたら 人間に出会い
聞けば すぐとのこと 
  今度のすぐは 正解で
 あった あった 着いた 着いた (^^)/

 
27番 札所 観音寺

 
  ここに 来る途中 目にした
因島水軍城 に 
 わしゃぁ いってみてぇ
というので 引きかえしました

  また その記事は 書きますので 
   
 今回は 

    書きました ☟

☟は 私の覚えに。
 三十三観音巡り 最初記事
最初の一歩?は2013年2月かぁ 6年経った\(◎o◎)/!

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龍馬にあいに・・・・

瀬戸内三十三観音
02 /13 2016
 わしぁぁ 龍馬にあいてぇ
と言う旦那さんに 今度は 妻が従います(^^
 

 まずは ミコアイサにあった帰りに
 瀬戸内三十三観音札所 福性院 により


 

 



ご住職さんのありがたいお話に 耳 傾けて
鞆の浦に 向かいました
 

 

龍馬が隠れていたという 隠れ部屋 が みたいそうです
それは この福禅寺(對潮楼)にあるのだと 
私たちは思い・・・

しかし ここではなく 地図で場所 教えていただき
向かうことに。




 

せっかく 訪れたのだから
江戸時代(1711年)朝鮮通信使一行の上官八名
(正使 副使 従事官)が 對潮楼より 窓枠を額縁に見立てて
観る景色が 一幅の名画と称賛して
福禅寺上よりの眺めが日本一 と 衆議が一致して
日本第一形勝 と 書を残した
と 書かれています その眺め?

 
いろは丸です

 
で 福禅寺の客殿に展示
通信使ご一行

 












てくてく 鞆の浦の街並み 眺めながら てくてく・・・
帰宅して ネット検索したら
1867年(慶応3年)419日、坂本龍馬ら海援隊は大洲藩から
借用した「いろは丸」に乗り込み長崎を出発しました。
貿易商社「亀山社中」として、
崎から大阪へ荷物を運ぶための航海でした。
その航海途上の423日深夜、
現在の岡山県六島付近で「いろは丸」と紀州藩の軍艦「明光丸」が衝突。
「いろは丸」の乗員は「明光丸」に乗り移り、大きく損傷した「いろは丸」を曳航(船をロープで引っ張ること)し、
一路港湾施設の整った鞆港を目指しましたが
途中で沈没してしまいました。
鞆の浦に上陸してから4日間、龍馬たち海援隊は
廻船問屋「桝屋清右衛門宅」へ、
紀州藩は「圓福寺」に宿泊し、双方の宿泊先の中間地点の旅館「魚屋萬蔵宅」で談判を行いました。
当時すでに幕府から命を狙われていた龍馬は「才谷梅太郎(さいたにうめたろう)」という名前をつかい桝屋に投宿しました
って 書かれていました

 もう 思い付き行動だから 旦那さんは・・・ぶつぶつ。
 ここじゃなぁ
いつもは開いてないそうです が 
11日は建国記念日だったので。


何度もきて 歩いた鞆の浦だけれど
いつも平日で 人も少なかった
のに この日は 大勢の観光客でした
 入ります

 
撮影OKだそうで 順路に従って
 

 
今は 見学用に階段がつけられています

 
 
昔は天井すべてに板が張ってあり
一部のみ 取り外し可能になっていました。とさ。
上階に上がるには 取り外しできる梯子を使っていました


鞆の商家には 商談などのための このような 隠し部屋 が
残っています だってさ。
 
階段をゆっくり登ってみました

 
この部屋だそうです
 

 
書 書きかけて どこに? 龍馬さんはお留守でした


幕府から命を狙われていた龍馬が 潜んでいた部屋
私たちは きょろきょろ 
(7か月後に暗殺されるんですよねぇ



 
 
満足?したのかなぁ・・・
旦那さんは パチパチ撮りまくっていたけれど・・・
私は ほとんどコンデジ撮影でした。

 13日14日 旦那さんは地区旅行で居ないので
 安気なんですが 明日は私家族会で介護施設なんですよ
なので


お越しくださり ありがとうございます(^^♪
 




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瀬戸内三十三観音霊場30番31番32番

瀬戸内三十三観音
06 /24 2015

 裏の畑で 雉が鳴く
正直でない じいさんが 行ってみれば
雉はつ~と飛び立った

そんな翌日 6月23日
爺さんが 突然 言い出す

おめぇ どこかいかん?
菜園が忙しいんか?
わしゃ どっかへ 行きたくなった

で 優しい 婆様は 爺守りかねて
2014年5月から中断?している 
府中方面 目指したんですよ

 30番札所 善昌寺(ぜんしょうじ) 上下町です

 



大鬼瓦・棟瓦
 昭和四年の本堂屋根瓦葺き替えに際し
 川崎慶雲名工が当時柏木七左衛門氏の
 瓦工場にて、 同氏と共に焼き上げたもの
 平成四年の屋根銅板葺き替えまで
 本堂大屋根にてその威容を誇っていたが
 同工事にあたり 当初に復元保存された
 と 説明文がありました



 
 ☝ 上下町 遠かったですねぇ。

 ここから 31番札所 十輪院 目指したんですが
 わかりづらくってねぇ

 地元の方に聞いて 専属運転手 向う方向が
 とっても 怪しいんですが


 言えません。方向音痴の私ですから。

 途中 紫陽花寺 案内板に
 寄ってみよう 
 と 立ち寄って
 そこの駐車場係りの方 親切そうなので
 あんた 聞いてみたら
 と やんわり。
 まったく 反対方向に走ってたんですよ


 が が 
 何せ ネットからプリントした地図のお粗末
 わかりづらくってねぇ
 数人に聞いて やっと たどり着きました

 十輪院(じゅうりんいん) 鵜飼町
 


 境内には「珀明洞(はくめいどう)」と呼ばれる
 全長約100mの洞窟があり、
 33体の観音像が安置されている

 との ことで 
 一人250円支払って 入らせていただきました

 暗いので 私 コンデジで。
 ここから 入り

 


 中の様子




 洞窟喫茶?かなぁ そ~んな ことないよね?


 


 蝙蝠がいたんですが 撮影できてなかったです"(-""-)"

 そして ぐるり 出てきました


 
 16時近くなってしまいました
 ここで 今日は 終わりじゃなぁ・・・
 と お参りさせていただいた
 大坊 福盛寺(ふくじょうじ)


 車停めなかったので 撮影しなかった
 広島県内最古といわれる仁王門内に
 かつては 十二坊有した
そうです。
 
 石仏群 石灯篭 立派でした

 



曼荼羅園 だそうです
 


迷い 迷い たどり着いて 
手を合わさせていただける
このことだけに 感謝して
なが~く 疲れた(罰当たりですね)
一日が 終わったんですよ


 

 コメント欄 閉じますね

 見てくださり ありがとうございます(^^♪

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カキツバタ

瀬戸内三十三観音
05 /10 2014
昨日は 朝8時過ぎ出発で


さぁ どこまでまわれるかなぁ
な 瀬戸内三十三観音霊場巡り
岡山県西部 里庄 19番札所不動院 から。
写真は 大原焼きの五重の塔
 


大原焼きとは ここ クリック。
菅原神社に寄ってみよう


と 二十番札所 教積院 に向かう途中 立ち寄りました
 
専属さんは 眼鏡橋が気に入ったようです
 

 
 

 
ここは 広角レンズ担当の専属さんに任せました☟

 

 

 
私は 花を楽しく撮影 (^-^)
 

 

 
 
う~ん のぞいてみました ☚ 誰かのセリフですね へへ。


 
              ☝亀さんが・・・・・
これは☟ 亀に似せていますが

 
そばで 亀が 甲羅干し してたんです
外国の亀さんで 気性荒いそうですが
大きく撮ってみました
 

 

 
新聞に載った日だったので 大勢お越しでしたが
先を急ぐ身
いくかぁ
で 笠岡有田 教積院(きょうしゃくいん) に 向かったんです
まぁ わかりにくくって・・・
迷いながらの 到着でした。
藤の寺で 有名なんですね
が 時すでに 遅し~ でした

 
 昨日は 岡山県 広島県 渡り歩いて
 疲れましたぁ
 
  

 
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瀬戸内三十三観音霊場めぐり デジブック
 
 
 
お時間出来たら みてください
 
 

阿伏兎(あぶと)観音(三十三観音)

瀬戸内三十三観音
05 /10 2014
昨日 9日は 走行200キロのお寺めぐり
疲れました。車酔いはするしねぇ
瀬戸内三十三観音霊場めぐり
岡山県 西部 里庄 笠岡 そして
お隣広島県の福山 ぐるり六寺お参りしたんですよ
 また デジブックにまとめますが
 ちょっと ここでご紹介したい
 二十四番札所盤台寺 通称阿伏兎(あぶと)観音
 
 

 
ネット説明文に写真を添えてみました (^-^)
 
 およそ、1000年前の正暦3年(992年)頃に
花山法皇により創建されたと伝えられ、
海の安全を祈願する観音様が祀られています。


岬の岩頭に建つ朱塗りの観音堂は、


その美しさから安藤広重(歌川広重)の浮世絵や
志賀直哉の「暗夜行路」などにも紹介されており、
今も瀬戸内の自然と調和した見事な景色をつくり出しています。
 

 


現在、観音堂は国の重要有形文化財に指定され、
安産・子育ての観音様として信仰を集めています。
 
だから いつか紹介した 総社の軽部神社のように
絵馬が おっぱい なのねぇ
 

 
それは それは 高いところで

専属さんも撮影しながら
きょうてぇのう  って。(;一_一)
 

 
わかりづらくってねぇ
すぐそばまで行って 車停めて
パソコンから出した地図とにらめっこしても
それらしきお寺はなく・・・
丁度 通りかかった方に 聞いて
車置いて とことこ 歩いて

あったぁ だったんですよ (^-^)


 

今日は 峠でも記事 書く予定なんで
コメント欄 閉めようかなぁ って思いましたが
一応明けましたので
ご負担なく 適当に お付き合いくださいね

峠 美千子

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老いてゆく自分見つめの日常
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